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マイナ保険証、真の問題は「誤ひも付け」ではない

マイナ保険証、真の問題は「誤ひも付け」ではない

知っ得・お金のトリセツ(116)

お金のトリセツ

2023年5月16日 5:00

 

健康保険証とマイナンバーカードを一つにした「マイナ保険証」を利用するための読み取り機(2021年10月、東京都内の病院)=共同

 

マイナンバーカードと健康保険証を一体化した「マイナ保険証」で別人の情報がひも付けられるミスが発覚し、話題になっている。身長・体重、気になる症状から通院、薬剤の記録に支払った額まで……マイナ保険証で取り出せる医療情報は自分が見る分には便利だが、他人に見せたくないプライバシーの塊だ。あってはならないミスだが人手を介する以上、ゼロにはならない。世の不可逆なデジタル化の奔流の中で、個人も一定程度のミス発生を前提に自己情報コントロールを強化する必要がある。一方で認知症高齢者など自らマイナ保険証を使いこなせない人は多い。間もなく「マイナンバー法等一括法案」が参院で可決・成立し、現行の健康保険証の来秋廃止が決定する見通しだが、「保険証難民」の発生は決して許されることではない。

 

同姓同名の他人のデータを閲覧

 

マイナンバーカードの健康保険証化に欠かせないのが、企業の健康保険組合など「保険者」による既存の健康保険証番号と個人のマイナンバーとの正しいひも付けだ。今回は同姓同名かつ生年月日まで同じ赤の他人の情報がひも付けられた例などが発覚した。個人のマイナンバーが分からない場合、保険者が住民基本台帳データで情報照会をするが、その際ヒットした結果を誤って採用したものと思われる。厚生労働省の調べによると同様のミスは2021年10月から22年11月末にかけて7300件余り確認され、うち5件では実際に薬剤や医療費の情報が他人に閲覧されたという。

21年には3万件の誤りも

 

マイナ保険証を巡る同様の事案は実は初めてではない。制度発足時の21年には保険者のデータとマイナンバーを突き合わせる過程で、氏名・年齢などの本人情報とマイナンバーとが合致しない例が3万件もあることがわかり、マイナ保険証のスタートが3月から10月に約半年ずれ込んだ。

 

なんせマイナンバーは12ケタもある数字。しかも一家族1番号だった健康保険証と違い、個人ごとにひも付ける必要がある。4人家族なら12ケタ×4人分のデータ授受を間違いなく行う必要があるが、本人が保険者に申告する際しかり、保険者(もしくは受託先)が入力する際しかり……ヒューマンエラーの可能性は排除できない。

今回問題になったのはマイナンバーの記載がなかったケースだが、申告していても他人とひも付いている可能性は残る。転職して加入する健康保険が変わった場合は再度、新しい保険者が正しく情報をひも付ける必要がある。マイナ保険証の利点の一つに「転職時にいちいち保険証が変わらない」が挙げられるが、全国およそ3400の保険者のノーミスあってこそ成り立つ利点。便利とリスクは背中合わせだ。

自分の情報はきちんと「目視」

さて、他人に閲覧される可能性もある自分の健康・医療データとはいかなるものか? 政府のオンラインサイト、マイナポータルに入り「診療・薬剤・医療費・健診情報の確認」のタブをクリックし、マイナカードを使ってログインする。利用者証明用電子証明書の暗証番号4ケタが必要だ。見られるデータは大別して「医療費情報」と「薬剤情報」と「特定健診データ」の3つ。

医療費情報は2〜3月、医療費控除の確定申告をする時に大助かりだった。家族分も含め、保険診療についてはいつ・どこで・いくら払ったかが瞬時に分かり、自動的に申告書に転記されるのに感動した記憶がある。薬剤情報はあまりちゃんと見たことがなかったが、なるほど逐一記載されている。ジェネリック医薬品に置き換えたらいくら節約できたか、提示する機能まである。

 

体重増加にお悩み症状まで……

驚いたのが特定健診情報だ。別名メタボ健診ともいわれ40〜74歳を対象に毎年1回法律で定められている。機械的に受診し、あまり重視していなかったが、結果の詳述を見て考えを改めた。体重の増加ぶりから既往症、何気なく口走った「お悩み症状」までバッチリ記録されているではないか。以前チェックした時はこれほど詳しくなかった気がするが、厚労省によると必須事項以外をどこまで記載するかは保険者次第で、作業の進行に従い充実するケースもあるらしい。この充実した記載を他人に見られたら、と思うとゾッとする。自分の情報の書かれぶりを自分で取捨選択するすべはないものか。

来秋廃止で発生しかねない「保険証難民」

それ以上に問題なのが既定路線になった、現行健康保険証の来秋廃止だ。マイナ保険証には基本的に賛成だが拙速な一本化は禍根を残しかねない。例えば認知症高齢者の問題。家族の助けがある恵まれたケースでもマイナカードを申請、取得して暗証番号を管理し、診察の度にマイナ保険証を持参するのは容易な作業ではない。

さらに特別養護老人ホームなどの介護施設では、日常的に必要な健康保険証を入所者に代わってまとめて管理しているのが現場の運用だ。だが保険証がマイナカードになった場合、「管理できない」という声が9割以上に上る(全国保険医団体連合会の「健康保険証廃止に伴う高齢者施設等への影響調査」)。法で厳重管理が定められたマイナンバーが表記された保険証は扱いが難し過ぎる。

 

国はマイナ保険証のない人には「資格確認書」を新たに交付するので問題がないという立場だが、年1回自らの申請が必要で、医療費もわずかとはいえ割高になる立て付けだ。デジタル弱者へのさらなる負担の押しつけになってはならない。そもそも、あまねく強制的に付番した12ケタのマイナンバーに対しカード作成は任意にした「失策」を、健康保険証と一体化・廃止という強制策で上書きしようとすることで生じたひずみだ。法律は通ったとしても現場に寄り添うきめ細やかな運用が欠かせない。

 

山本由里(やまもと・ゆり)

1993年日本経済新聞社入社。証券部、テレビ東京、日経ヴェリタスなど「お金周り」の担当が長い。2020年からマネー・エディター、23年から編集委員兼マネー・エディター。「1円単位の節約から1兆円単位のマーケットまで」をキャッチフレーズに幅広くカバーする。

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